2018.05.10 Thursday 21:02

映画『クソ野郎と美しき世界』を見た その2 −『世界で一つだけの花』は、哀悼の歌−

映画『クソ野郎と美しき世界』を語る前に、

前提として、2016年12月26日のスマスマ最終回を振り返ります。

 

あの最終回。

SMAPとして最後になった『世界に一つだけの花』は、

真っ白な空間に花祭壇が組まれているようなセットで歌われました。

 

誰もが「お葬式」を連想したわけですが、

映画を見て確信しました。

やはり、あれはお葬式だったのだと。

 

宝塚歌劇団の退団公演・千秋楽では、ファンも本人も白い服を着て、最後の日を迎えますが。

あれも、つねづねお葬式だなと思って見ていました。

宝塚の生徒としての「生」を終える。その儀式だと。

 

SMAPも、SMAPとしての生を、あの花祭壇の前で終えた。

だから、解散日は12月31日であったけれど、

あの後、彼らは人々の前から姿を消した。

 

しかも、彼らの場合、

何者かによって、強いられて「生」を断ち切られたことは間違いありません。

 

そう思って聞く『世界に一つだけの花』は、こんなふうに聞こえてきます。

 

「死」は、無念なことではあるけれど、

一度「生」を受けて、精一杯生きた事実は永遠に残る。

人に気づかれず、認められずに終えたような「生」であっても、

もしかしたら、別の誰かを笑顔にできたこともあったかもしれない。

生きるとは、争うことなんかではない。

一つひとつの「生」が、「もともと特別なオンリーワン」であることは、普遍の理。

しゃんと胸を張って生きたから、しゃんと胸を張って生を終えよう、と。

 

ララララ♪の歌声は、死者に向けた祈りの声のようでもあり。

 

それが突然、プツンと途切れ、シーンとなる。

(この歌の最後が、異様なほど潔く音が切れて終わることは、前から不思議でした)

この瞬間こそが、「死」。

 

そう、『世界に一つだけの花』は、

死を悼む歌、棺を運ぶ人たちが歌うにふさわしい挽歌なんだと、

あの最終回以来、もやもやしていた思いが、

映画を見て確信することで吹っ切れました。

 

SMAPは死んだ。

SMAPの肉体は滅びた。

 

でも魂は、残っている。

そして、その魂は必ず甦ることを

見ている人に知らせる。

それが、『クソ野郎と美しき世界』という映画なのではないかー。

 

そんなふうに、ワタシ一人で勝手に解釈し、映画を見ながら涙してしまったり、しまったり。

 

続きます。

 

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2018.05.22 Tuesday 21:02

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